発明者不明なのに冒認無効?-発明者が誰なのか分からない特許無効事件-

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特許法 独学 チワワ

事件の概要

冒認出願を無効理由として無効審判が請求され、その後に発明者不明のままで冒認出願を理由に特許権が無効とされているという不思議な事件です。本事件では、審判請求人も真の発明者を立証できず、また出願を受任した弁理士が応対した依頼者の人相は、発明者兼特許権者とは一致しないと証言されており、結局は誰が発明者なのか不明のまま特許権が無効となっています。一体発明者は誰なのか?皆さんも推理しながら読んで頂ければと思います。

なお、本記事は、第1次審決(2008年10月23日)と、平成20(行ケ)10427「審決取消請求事件」(以下、判決ともいう)と、無効2008-800004(以下、第2次審決ともいう)とに基づき、裁判所に事実と認定されていない事項もあります。また、実際には無効2008-800004から800006の三件が併合審理されています。

第1次審決

判決によれば、2007年11月20日に特許権者であるA氏が、C社の顧客へ警告書を送付したことから事件が始まります。そして、警告後の2008年01月15日に、C社が無効審判請求を請求することになります。その無効理由は「冒認出願」(特123条1項6号)、すなわち、特許を受ける権利を有しない者による出願であるというものです。

しかし、C社が
1)自身は発明者ではない(真の発明者を明らかにしていない)。
2)本件の明細書とC社の出願内容とを対比すると、多くの共通点・類似点を有する(C社の出願に依拠する出願である)。
3)A氏の職歴等からみて、本件特許発明をすることは不可能である。
等と主張した結果、第1次審決では「冒認出願に対してされたものであることを証明することにはならない」として、請求が認容されずに特許権が維持されています。

なお、冒認出願を理由として請求された無効審判では、特許権者(本事件ではA氏)が「特許を受ける権利を有する者であること」についての主張立証責任を負います。しかし、少なくとも無効審判の請求人は、冒認を疑わせる事実を疎明する必要があると思われるところ、第1次審決では、疎明できていないと判断されたのかと思います。

真の発明者は弁理士?

C社は、審決を不服として審決取消訴訟を提起します。そして、ここから事件が大きく動くことになるのです。なお、判決を読んでの推測ですが、C社は、積極的に真の発明者を明らかにする方向へ戦術をシフトさせたように思われます。

具体的に、C社の主張によると、
1)警告書を送付したE弁理士は、弁理士資格の取得前にC社の特許明細書の作成経験がある
2)E弁理士は、C社の技術分野及び開発技術の詳細をよく知り得る立場にあった。
3)一方のA氏は、(発明するために)高度な設備、知識、環境を必要とする本件特許発明を発明するような境遇になかった。
4)本件分割出願の基礎となる親出願(以下、親出願という)には、本件とは全く無関係の要約書が誤って添付されていたが、この要約書は他社出願の要約書と同一であった。そして、当該他社出願の公開日は親出願の出願日よりも後であるから、通常のルートでは、この要約書の内容を知り得ないはずである。しかし、E弁理士は、当該他社出願を代理した弁理士の特許事務所に勤務していた(要約書の内容を知り得る)。

C社の主張が事実であるとすれば、要約書という証拠が出てきた以上、E弁理士が真の発明者であって、A氏の名義を借りて出願した疑いが非常に高いと思えます。もちろん、単にE弁理士が明細書などの作成を代行しただけであるという可能性もあります。この場合、E弁理士は、C社の明細書を作成した者として知っていた内容には守秘義務を負うのですから、秘密とすべき技術に基づいて自らが発明したとしても、これを出願する際には自身の名を秘すべき事情があると言えるでしょう。

しかし、ここで以下のような疑念が生じます。
1)C社の特許明細書の作成経験については、すぐに判明するにも関わらず、E弁理士が弁理士資格を失いかねない冒認出願を(ましてや警告書の送付を)行うだろうか?
2)仮に発明を思いつたとしても、E弁理士は、C社がその発明を実施しているか否かまでは知らないはずである。であるならば、E弁理士が、わざわざ他人名義で冒認出願をするだろうか?

A氏を名乗る第三の人物

E弁理士が真の発明者であることは、証拠から推測できるものの、素直に納得するには疑念があります。そして、C社は、この疑念を明らかにするような、さらなる主張を続けます。
1)親出願の明細書では、C社の出願の明細書で用いられている表現に類似する表現が多く用いられている。しかし、親出願時にこれらの出願はいずれも公開されておらず、A氏(及びE弁理士)は、これらの表現を知り得る立場にはなかった。

2)分割出願を受任したD弁理士によれば、E弁理士から出願の代理を依頼された後に、A氏を名乗る人物がD弁理士の事務所を訪問し、親出願に関する技術的な説明を精力的に行った。
3)D弁理士に説明を行ったのは、実はA氏ではなく、当時C社で知財業務に従事していたB氏であった(B氏はその後にC社を退職して知財関連サービスを提供する会社を設立する)。
4)B氏は、C社の出願の明細書等の内容・所在場所を知っており、これらを取得する手段を知っていた(そして、C社での業務を通じてE弁理士とB氏とは懇意になっており、E弁理士は、B氏から本件の明細書等の原案を渡されて出願の手続を行ったものと推測される)。

ここにきて、A氏及びE弁理士とは異なる第3の人物(B氏)が登場します。確かに、外部の弁理士でない元従業員であれば、上述した疑念は払拭されます。そして、C社によれば、B氏は、親出願のクレームの差し替え補正をE弁理士に指示するメールをしており、その際に 「(親出願の)現クレームはカモフラージュなので不必要です 」 と述べています。そして、C社は、現クレームがカモフラージュであることを知っているのは、親出願のクレームを作成した者であると主張します。さらに、E弁理士がD弁理士の事務所に入所してA氏の案件を担当するように変更された後、A氏の案件の費用はB氏が設立した会社が支払っています

また、C社は、E弁理士がC社の外国出願しか行っておらず、その従事期間も短いから、親出願の明細書を独力で作成できたとは考え難く、(B氏が提供した)C社の出願の明細書等の内容を見て親出願の明細書などを作成したと推測されると主張します。

これに対して、A氏側も以下のように反論します。
1)A氏は、昭和53年から平成7年12月までの約17年間開発業務等に従事した。そして、特許に関心があったことから、フラットパネルディスプレイの展示会を訪れた際に目にした特許を出発点に親出願に係る発明をした。
2)公知事実を前提とすれば 、巨額の資金等を有していなくても親出願に係る発明をすることは可能である。
3)親出願の明細書とC社の出願の明細書が類似する箇所は数箇所にとどまり、全体にわたるものではない。

裁判所は、特許を受ける権利を有する者による出願であることの主張立証責任は特許権者(A氏)が負担するが、A氏はこれについて具体的な主張立証活動を行っていないとして審決を取り消しました。これにより、事件は再び特許庁での無効審判の口頭審理に移ることになります。

第2次審決と事件の幕切れ

口頭審理が行われた結果の第2次審決では、あっけない幕切れとなっています。具体的に、第2次審決によれば、D弁理士は、①事務所で会った人物はA氏ではない。②A氏の案件の請求書の送り先は、B氏が設立した会社になっている。③E弁理士はB氏から明細書を渡されて、書類を整えてE弁理士が提出したと答えていた。などと証言したようです。

また、E弁理士は、①A氏をB氏から紹介された。②B氏から、A氏の費用はB氏の会社で払うと言われた。③A氏の出願についての指示はB氏から来た。④親出願の明細書はB氏から直接手渡された(明細書を作成したのは誰かわからない)。⑤要約書は私の方で取り違えてしまうが(最初からついていたかどうかもよく覚えていない)、形式をチェックして郵送で親出願を出願した。⑥B氏からの指示で警告書を送った。⑦A氏が本当に発明者であるかどうかの確認はできなかった。⑧B氏が明細書を書いたという話は聞いていない。 などと証言したようです。

一方、B氏は、①親出願の手続作業をE弁理士には依頼していない。②発明者がA氏であるかどうかは知らない。などと証言したようです。

最終的に特許庁は、A氏が発明者であることについて疑念を抱かせる事情を複数挙げた上で、A氏が真の発明者であるか否かについては真偽不明であると判断しました。しかし、A氏が発明を行った証拠の提出がないこと、及びA氏が亡くなっていて当該証拠を見つけることはできない状況であることを理由に、特許権者であるA氏が主張立証責任が果たしていないとして、特許を無効にする請求認容審決を行いました。

本事件については、A氏が亡くなった時点でもはや特許権を存続させる実質的な動機が消滅しています。すなわち、仮にB氏が真の発明者であったとしても、相続人でもないB氏は、A氏がいない状況で権利行使をする術がありません。また、形式上は、A氏の相続財産管理人弁護士が本件特許権に対する手続きを受継してますが、特許権を存続させて権利行使を行う積極的な動機にないといえるでしょう。そのためか、口頭審理を経て、発明者の真偽が不明のまま事件の幕切れとなりました。

さてこの事件、真の発明者はA氏だったのか、それともB氏だったのか、皆さんはどう思いましたか?なお、A氏が発明者であったとして、自らが口頭審理の場に出席したくないという動機は、十分な動機であると思います。実際、(事件が不利に進むとしても)口頭審理への出席をかたくなに拒む人は存在します。

[参考]事件の経緯

 ~1995年12月:(A氏によると)A氏が開発業務に従事
2001年04月27日:親出願(特願2001-170284)→本人出願(後に拒絶確定)
2003年頃?  :(C社によると) 同社の知財業務に従事していたB氏がD弁理士の事務所を訪問
2003年07月●日:B氏が退職
2003年10月●日:B氏が会社を設立
2003年11月04日:A氏が代理を依頼するFAXにはB氏の会社の住所が記載
2003年11月11日:親出願をD弁理士が受任
2003年12月11日:分割出願(特願2003-413773)→D弁理士が出願
2004年05月●日:E弁理士がD弁理士の事務所に入所
2004年10月29日:特許第3611568号(分割出願)が登録
2007年08月08日:B氏がE弁理士へメール
2007年11月20日:E弁理士がC社の顧客へ警告書を送付
2008年01月15日:C社が無効審判請求
2008年10月23日:第1次審決(非認容・有効審決)→E弁理士が受任
2009年06月29日:審決取消判決(平成20(行ケ)10427「審決取消請求事件」)
2009年09月14日:A氏が死亡(相続財産管理人弁護士が受継)
2011年05月11日:第2次審決(認容・無効審決)

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