1月18日から日本初の知財信託専門会社である株式会社パソナ知財信託が営業を開始しました。
同社の事業内容は、知的財産権(特許権、意匠権、実用新案権等)の管理処分を目的とする信託です。
しかし、弁理士業界として注目すべきは、下記プレスリリースにもあるように、「法律上取り扱うことができなかった」出願業務を行う点でしょう。
『パソナ知財信託』では・・・これまでパソナナレッジパートナーが法律上取り扱うことができなかった「出願業務」を行うことで、出願から権利の維持・活用まで、お客様のより幅広いニーズに対応する最適なソリューションを提案いたします。
PR TIMES
パソナ知財信託が出願業務を行える理由
それでは、パソナ知財信託は、なぜ出願業務を行うことができるのでしょうか?
言うまでもないですが、弁理士以外の者が業として出願業務を行うことができない理由は、当該業務が弁理士の専権業務であるからです。
具体的に、弁理士法75条には以下のように定められており、これに違反する非弁行為を禁止しています。
(弁理士又は特許業務法人でない者の業務の制限)
e-GOV 法令検索
第七十五条 弁理士又は特許業務法人でない者は、他人の求めに応じ報酬を得て、特許、実用新案、意匠若しくは商標若しくは国際出願、意匠に係る国際登録出願若しくは商標に係る国際登録出願に関する特許庁における手続若しくは特許、実用新案、意匠若しくは商標に関する行政不服審査法の規定による審査請求若しくは裁定に関する経済産業大臣に対する手続についての代理(特許料の納付手続についての代理、特許原簿への登録の申請手続についての代理その他の政令で定めるものを除く。)又はこれらの手続に係る事項に関する鑑定若しくは政令で定める書類若しくは電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他の人の知覚によっては認識することができない方式で作られる記録であって、電子計算機による情報処理の用に供されるものをいう。)の作成を業とすることができない。
そして、非弁行為を行った者には、一年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処せられる可能性があります(弁理士法79条)。
実際過去には、弁理士法違反で非弁行為を行っていた者が逮捕された事件もあります。
それでは、パソナ知財信託が違法行為を行うのかといえば、そうではありません。
実は、特許を受ける権利の信託の受託者は、出願人として出願手続を行うことができるのです。
すなわち、受託者は特許を受ける権利の権利者なので、自己の権利に関わる出願手続を行うこととなり、いわゆる非弁行為には該当しません。
具体的には、特許を受ける権利の信託の受託者が出願人となり、願書の【特許出願人 】の欄の次に【信託関係事項】の欄を設けることで、出願手続きを行うことができます(特許法施行規則26条1項)。
形式的には業として出願業務を行っているようにも見えますが、信託を業として行っているに過ぎず、出願手続きは「権利者」として行っているという建て付けになります。
受託者による出願は、法も予定しているところですので、合法的な事業と言って差し支えないと思います。
弁理士会は何か対応するの?
しかし、企業が他社の出願業務を行うことが弁理士業を圧迫することは、容易に想像ができます。
極端な例を考えると、非弁理士※1を大量に雇用するか、又は個人事業主として契約して、安価に大量の出願を行うことも可能となります。
※1.非弁理士が能力的に弁理士に劣るというわけではないので(弁理士よりも優秀な方は多数いらっしゃいます)、出願内容の質に問題があるというわけではなく、そういう意味では、利用者に害はないことになります。
一方の特許事務所においては、弁理士が実質的に特許技術者等の補助員(使用人)に出願等の弁理士業務を行うことが禁止されています。
具体的には、当該行為は名義貸し(弁理士法31条の3)に該当し、弁理士法によって禁止されています。
そして、違反した場合には、非弁行為と同様に、一年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処せられる可能性があります(弁理士法79条)。
そのため、同じ土俵に立つことはできず、競争的に不利であるとも言えます。
となれば、弁理士会としては、何らかの対応を取ることが期待されても不思議ではありません。
それでは、弁理士会が何らかの対応をするかと言えば、恐らくは静観するものと思われます。
その理由は・・・
弁理士会が静観する理由
まず、合法的な企業活動に対して弁理士会が何らかの意見を述べることが困難であることが理由として考えられます。
次に、弁理士会は、会員である弁理士に不利益を与えるような活動を行うことができないという理由が挙げられます。
具体的に、パソナ知財信託は、株式会社パソナナレッジパートナーが設立した会社です。
そして、パソナナレッジパートナーは、以下のニュースリリースにあるように、パナソニックIPマネジメント株式会社と株式会社パソナグループとが、共に2016年4月に設立した会社です。
株式会社パソナグループ(本社:東京都千代田区、代表取締役グループ代表 南部靖之)は、パナソニックIPマネジメント株式会社(本社:大阪市中央区、代表取締役社長 豊田秀夫)とともに、知的財産関連サービスを提供する新会社「株式会社パソナナレッジパートナー」を4月に設立いたします。
パソナグループ ニュースリリース
名前が示す通り、パナソニックIPマネジメントは、パナソニック株式会社の関連企業であり、パナソニックが100%出資する知的財産専門会社です。
そして、パソナ知財信託の代表取締役である豊田秀夫氏は、パナソニックIPマネジメント株式会社の代表取締役社長を務められていた方です。
パナソニックは、日本で多数の出願を行っている企業であり、パナソニックIPマネジメントとパソナ知財信託とが協働関係にあれば、その影響を受ける会員弁理士は少なくありません。
親会社であるパソナナレッジパートナーは、パソナグループとパナソニック IPマネジメントにより知的財産関連サービスを提供する新会社として設立されて以来、知的財産業務のオペレーション及びマネジメントノウハウを活かし、特許調査業務と知的財産管理業務を提供しています。・・・パソナ知財信託では、これらグループ会社の基盤で培われた知財業務の経験をもとに企業知財管理経験者が知財課題の解決力・改善力を提供します。
パソナ知財信託HP
そのため、弁理士会が動くことによって、会員弁理士に不利益を与える可能性があり、積極的に対応するのは難しいと思われます。
ただし、報道では中小企業をターゲットにするようですが、大企業における知財業務のプロが、中小企業の知財業務、特に出願権利化業務に適しているとも限りません。
またそもそも、250人が3年間で300社ですから、出願業務をメインでビジネスするとも思えません※2。
※2.特許事務所で比較すると、創英国際特許法律事務所が261名(2019年03月現在)ですが、その2020年の出願件数は3483件です。
新会社は大手企業の知財関連部門の出身者など250人以上の専門家を組織。先行技術の調査や訴訟対策、技術を守るための知財管理などを請け負う・・・
日経電子版
中小企業は社内に知財担当者がいないために、特許出願などに際しては特許事務所などに依頼することが多いが、自社の課題に合った依頼先を見つけるのは簡単ではない。新会社はワンストップで先端技術から日常的なサービスまで幅広い分野に対応できるのが特徴。3年間で300社の利用を見込む。
したがって、弁理士会が何らかの対応をしないとしても、弁理士業界に与える影響は限定的であると見ることもできます。
そのため、対立するのではなく、共存・棲み分けをしていくことになるのではないかと予想します。
補足1:特許庁の考えは?
特許庁の考えを推測できる資料を発見したので補足します。
どうやら、特許庁としては、知財信託のスキームを用いて不特定の企業の出願業務を行うことには、消極的反対(弁理士法75条の趣旨に反する)という考えのようです。
具体的に、「知的財産部門の分社化について(論点整理)」という資料では、以下のように指摘されており、この考えが概ね今回の事例にも該当すると思います。
ただし、知財分社化が問題となった時期(平成18年10月24日配布資料)なので、現在は考え方が変わっているかもしれません。
① 分社内の知的財産部門に弁理士が在籍する場合
特許庁HP
・・・知財部門に在籍する弁理士が本社又はグループ会社以外の不特定の企業の特許事務を代理して行うことを認めることとすると、実質上、知財分社が不特定の企業の出願を取り扱うことになる。・・・分社が他社の特許事務の代理を取り扱っているという印象は拭いきれず、弁理士法第 75 条の趣旨に反することとなるおそれがある。
② 分社内の知的財産部門に弁理士が在籍しない場合
特許庁HP
・・・知財分社が不特定の企業の出願業務を支援することとすると、弁理士法第 75 条の趣旨からして好ましくない・・・
なお、分社化(例えばパナソニックIPマネジメント)での論点ですので、パソナ知財信託とは事例が異なることを念のため指摘しておきます。
ただし、同じ企業グループの中ではあるが当該企業とは別の法人であるかという、形式上の差異に過ぎない範囲を超えるため、むしろ弁理士法第 75 条の趣旨に反する可能性が高まると考えられます。
ところで、「会社分割等により知的財産部門を分社化した場合の弁理士法における取扱いのガイドライン」が見つからんのだけれど、もしかして無いのか?
補足2:信託会社は利益相反となる出願を行えるか?
弁理士は、相手方のある事件を受任している場合、当該相手方からの依頼による他の事件を受任することはできません(弁理士法31条)。
また、弁理士は、競合他社からの競合する分野の出願事件を受任することもできません。
具体的に、弁理士倫理3条には以下のように規定されており、弁理士法より広く利益相反に該当するとされています。
第3条 会員は、法令等に定めるほか独立の立場について疑問をもたれるような利害関係を有する場合には、当該利害関係を有する企業等から事件の依頼を受任してはならない。ただし、当事者の合意がある場合はこの限りでない。
弁理士倫理
一方、信託会社は弁理士ではないので、利益相反に当たる出願を行うことができると思われるかもしれません。
しかし、信託会社であっても競合他社からの競合する分野の出願を行うことはできないと考えられます。
その理由として、まず信託法31条によって利益相反行為が制限されていることが挙げられます。
次に、信託法32条1項によって競合行為が制限されていることが挙げられます。
そして、信託会社がこれらに違反した場合には、損失をてん補する義務を負います(信託法40条)。
第三十二条 受託者は、受託者として有する権限に基づいて信託事務の処理としてすることができる行為であってこれをしないことが受益者の利益に反するものについては、これを固有財産又は受託者の利害関係人の計算でしてはならない。
信託法第32条
第四十条 受託者がその任務を怠ったことによって次の各号に掲げる場合に該当するに至ったときは、受益者は、当該受託者に対し、当該各号に定める措置を請求することができる。ただし、第二号に定める措置にあっては、原状の回復が著しく困難であるとき、原状の回復をするのに過分の費用を要するとき、その他受託者に原状の回復をさせることを不適当とする特別の事情があるときは、この限りでない。
信託法40条
・・・
3 受託者が第三十条、第三十一条第一項及び第二項又は第三十二条第一項及び第二項の規定に違反する行為をした場合には、受託者は、当該行為によって受託者又はその利害関係人が得た利益の額と同額の損失を信託財産に生じさせたものと推定する。
この点、信託法32条は不作為(するべきことをしない)を禁止しているようですが、ある行為をすることによって委託者の利益を害する場合も、当然に史実義務(信託法30条)に反すると考えられます。
そのため、例えば、競合他社からの競合する分野の出願を行った結果、受託者が得られるべきライセンス料を得られなくなるような場合、又は特許権の価値が相対的に低下するような場合には、史実義務に反することになります。
したがって、信託会社であっても競合他社からの競合する分野の出願を行うことはできず、むしろ損失てん補の義務がある分、弁理士よりも制限されていると考えられます。
ただ、同意を得れば別なので、委託者の無知につけ込んで包括的同意を得ておくようなスキームも考えられなくはないですが・・・。
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