概要
報道等で既にご存知とは思いますが、最高裁判決の概要は、日本の特許権の効力は日本の領域内においてのみ認められるが、特許発明の一部構成が日本の領域外にある場合であっても(例えばコメント配信システムのサーバが米国にある場合であっても)、全体として、常に日本の特許権の効力が及ばないわけではない(つまり効力が及ぶ場合がある)、という、いわゆる特許権の域外適用を認めたのものです。
なお、主な争点がプログラムの提供である令和5年(受)第14号、第15号と、主な争点がシステムの生産である令和5年(受)第2028号とがありますが、基本的には同旨の判断となっています。
特許発明の概要
判決で認定されている特許発明の概要は以下の通りです。
動画の再生に併せてユーザによって書き込まれたコメントを表示するというシステムにおいて、動画が表示される範囲とコメントが表示される範囲を調整するプログラム(特許第4734471号)。
動画及び動画に対してユーザが書き込んだコメントを表示する端末装置と、当該端末装置に当該動画や当該コメントに係る情報を送信するサーバと、をネットワークを介して接続したシステムであって、動画上に表示されるコメント同士が重ならないように調整する処理を行うシステム(特許第6526304号)。
最高裁の判断1(プログラムの提供等)
日本の特許権の効力は、日本においてのみ認められる。しかし、現代においては、電気通信回線を通じた国境を越える情報の流通等が極めて容易となった。そのため、プログラム等が外国から送信されることにより日本に提供されている場合に、常に日本の特許権の効力が及ばないとすれば、特許法の目的に沿わない。そうすると、問題となる行為を全体としてみて、実質的に日本における「電気通信回線を通じた提供」に当たると評価されるときは、当該行為に日本の特許権の効力が及ぶ。
被疑侵害者は、日本のユーザに向けてインターネットを通じて提供している動画共有サービスにおいて、ユーザによって書き込まれたコメントを、動画の再生に併せて表示している。そのために、インターネットを通じて、ユーザが使用する日本所在の端末に対して、米国所在のサーバから特許発明に係るプログラムを配信している。 そして、この配信は、日本所在の端末から動画を視聴するためのウェブページにアクセスすると、当該プログラムのファイルを米国所在のサーバから送信して、端末にダウンロードさせる行為である。そのため、外形的には、特許発明に係るプログラムのファイルを外国のサーバから送信して、日本の端末で受信させる行為(配信)は、その行為の一部が我が国の領域外で行われている。
しかし、
①日本でサービスを提供する際の情報処理の過程として配信が行われ、
②日本所在の端末において、特許発明の効果を奏させる行為であり、
③特許発明の効果が奏されることとの関係において、サーバが外国にあることに特段の意味はなく、
④特許権者が特許権を有することとの関係で、被疑侵害者による配信が、特許権者に経済的な影響を及ぼさない事情もない。
そうすると、被疑侵害者の行為は、実質的に日本において、電気通信回線を通じた特許発明に係るプログラムの提供をしていると評価される。※なお、最高裁は、同様の理由で、特許発明に係る表示装置の生産にのみ用いる物であるプログラムの電気通信回線を通じた提供としての譲渡等も、日本における行為であると判断した。
最高裁の判断2(システムの生産等)
被疑侵害者は、ユーザが使用する日本所在の端末に対して、米国内で設置管理しているサーバから、HTMLファイル及びプログラムを格納したファイルを、インターネットを通じて配信している。この配信は、日本所在の端末から動画を視聴するためのウェブページにアクセスすると、当該プログラムのファイルを米国所在のサーバから送信して、端末にダウンロードさせる行為である。そして、配信が行われると、端末とサーバとを含む特許発明に係るシステムが構築(つまり生産)される。
日本の特許権の効力は、日本においてのみ認められる。しかし、現代においては、電気通信回線を通じた国境を越える情報の流通等が極めて容易となった。そのため、サーバと端末とを含むシステムを構築するための行為の一部が外国からされ、システムの一部であるサーバが外国に所在する場合に、常に日本の特許権の効力が及ばないとすれば特許法の目的に沿わない。そうすると、システムを構築するための行為やそれによって構築されるシステムを全体としてみて、当該行為が実質的に我が国の領域内における「生産」に当たると評価されるときは、当該行為に本の特許権の効力が及ぶ。
被疑侵害者による配信は、プログラムを格納したファイル等を外国のウェブサーバから送信し、日本内の端末で受信させる行為である。そして、外形的には、システムを構築するための行為の一部が外国にあるといえ、構築されるシステムの一部であるサーバは外国に所在する。
しかし、
①配信によるシステムの構築は、日本でサービスを提供する際の情報処理の過程としてされ、
②日本所在の端末を含むシステムを構成した上で、日本所在の端末で特許発明の効果を当然に奏させるようにするものであり、
③特許発明の効果が奏されることとの関係において、サーバが外国にあることに特段の意味はなく、
④特許権者が特許権を有することとの関係で、被疑侵害者による配信や構築されるシステムが、特許権者に経済的な影響を及ぼさないというべき事情もない。
そうすると、被疑侵害者は、実質的に日本において、システムを生産していると評価される。
終わりに
特定された事例に適用できる判例であるので、論文試験で書くのも出題するのも難しいとは思います。例えば、「日本の特許権の効力が及ぶか?」と出題されたとして、「被疑侵害者の行為の一部が外国で行われているとしても、問題となる行為を全体としてみて、実質的に日本における行為に当たるときは、当該行為に日本の特許権の効力が及ぶ。」という回答になるかと思います。つまり、特定の事例に日本の特許権の効力が及ぶか否かまで判断する必要はなく、実質的に日本における行為に当たる場合と、実質的に日本における行為に当たらない場合とを分ける形式での回答になると予想します。
「日本における行為に当たる」ための要件は、特に定まっていないと考えるべきだと思います。一例として、①日本でサービスを提供する際の情報処理の過程として行為が行われ、②日本所在の端末において、特許発明の効果を奏させる行為であり、③特許発明の効果が奏されることとの関係において、行為の一部が外国で行われていることに特段の意味はなく、④特許権者が特許権を有することとの関係で、当該行為が特許権者に経済的な影響を及ぼさない事情がない、等が参酌されるでしょう。ただし、①と②ぐらいは挙げられるとよいかもしれませんが、論文試験でここまで書く必要があるかは疑問です。
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