日本初(ではない)!公共の利益のための裁定通常実施権は認められるのか?

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特許法 独学 チワワ

公共の利益のための通常実施権の裁定(特93条)が請求されるという、日本初の事例が生じたようです(理研研究者がiPS細胞関連特許の強制ライセンスを求めて裁定請求)。
具体的には、研究室で発明された発明について、特許の独占交渉権を持つ会社が治験を行わずに実施しないので、当該研究室の元研究者が通常実施権の裁定を経済産業大臣へ請求したようです。

通常、開発能力を持つ研究室(本件では理研)は、実施能力(例えば、薬の製造設備)を持っていませんので、契約によって実施能力を有する者、例えば、メーカー等に独占的通常実施権(又は第三者へ実施権を許諾する前の優先的交渉権)等を許諾します。
そして、メーカーが実施することによって、実施料が研究室に支払われますので、これによって、研究室は開発資金を得ることになります。
本件は、優先的交渉権が設定されている会社に対して、元研究者の方が実施の許諾を求めて協議をした結果、協議によっても状況が改善されなかったために生じた事例であると推測いたします。

※2021/9/21訂正
朝日新聞DIGITAKの記事「特許技術の使用求め裁定請求 iPS細胞初移植の高橋政代氏」によると、過去に一回、公共の利益のための裁定の請求があったそうですので、「初めて」ではないと修正しました。

公共の利益のための裁定通常実施権について

まず、主に受験生向けに説明します。
なお、試験のためには条文と青本の記載をよく読んで頂ければと思います。
また、短答で出題されるとしても条文レベルであると思われますし、論文で取り得る措置・手段が出題されても、条文を見れば回答できると思われます。

まず、裁定制度を簡単に言うと、一定の要件が満たされた場合に、他人である特許権の特許発明等を、その特許権者等の同意を得ることなく、あるいはその意に反して、第三者へ通常実施権(強制的実施権)を設定できる制度です。

そして、特93条によると、公共の利益のための裁定通常実施権は、
①特許発明の実施が公共の利益のため特に必要であるときに(短答では「特に」が無いひっかけ問題があります)
②特許権者又は専用実施権者に対し通常実施権の許諾について協議を求めることができ、
③協議が成立せず、又は協議をすることができないときは、
④経済産業大臣の裁定を請求することができる
と定められています。

ここで、「公共の利益のため特に必要であるとき」とは、発電に関する発明であってその発明を実施すれば発電原価が著しく減少し需要者の負担が半減するような場合、ガス事業に関する発明であってその発明を実施すればガス漏れがなくなりガス中毒者が著しく少なくなるような場合、が例示されています。

なお、上記のような事例をまとめて、国民の生命、財産の保全、公共施設の建設等国民生活に直接関係する分野で特に必要である場合、当該特許発明の産業全般の健全な発展を阻害し、その結果国民生活に実質的弊害が認められる場合と言い換えることができます(裁定制度の運用要領)。

条文上の手続的には、経済産業大臣は、答弁書提出機会を付与し(特84条)、工業所有権審議会等の意見を聴き(特85条1項)、裁定を文書をもつて且つ理由を附して行い(特86条1項)、裁定の謄本を当事者等に送達し(特87条)なければなりません。
また、通常実施権者は、裁定の請求について意見を述べることができます(特84条の2)。

さらに、特93条では、対価の供託(特88条)、支払い又は供託をしない場合の裁定の失効(特89条)、不適当実施又は裁定事由の消滅による裁定の取消し(特90条)、裁定取消後のその後消滅(特91条)、行服法の規定による審査請求における対価についての不服の制限(特91条の2)が準用されていますが、不適当実施に正当な理由がある場合は、裁定できない旨の規定(特85条2項)は不準用です。
なお、詳細は、みんなで創る弁理士試験短答用レジュメの特93条の部分をご覧ください。

詳細な説明

次に、試験に関係ない詳細な説明ですが、裁定の手続きは概ね以下のように運用されることになっています(裁定制度の運用要領)。
1.裁定請求書の提出
2.予告登録、公報掲載、及び方式審査
3-①.裁定請求書が方式違背又は手数料が未納の場合は補正命令(補正されないときは裁定請求手続を無効にし、登録手続及び公報掲載)
3-②.方式に適合し且つ手数料が納付されているときは、すみやかに裁定請求書の副本を特許権者又は専用実施権者に送達し、答弁書の提出を求める(答弁書の提出期間は、内国の場合は40 日、外国の場合は3 月)
4-①.指定期間内に答弁書が提出された場合は、指定期間経過後すみやかに答弁書の副本を請求人に送付すると共に、裁定請求書及び答弁書の写しを、工業所有権審議会の発明実施部会の委員に送付し、且つ発明実施部会の開催の日時を決定して各委員に通知
4-②.指定期間内に答弁書が提出されなかった場合は、裁定請求書の写しを発明実施部会の委員に送付し、且つ発明実施部会の開催の日時を決定して各委員に通知
5.発明実施部会において、事件の概要を説明すると共に、必要に応じ請求人及び被請求人等に意見を陳述する機会を与えた上で審議
6.発明実施部会の審議を踏まえ、発明実施部会の終了後 20 日以内に裁定案を作成すると共に、その裁定案を審議すべき発明実施部会の開催の日時を決定し、その裁定案を添えて各委員に通知
7.発明実施部会は、裁定案についての意見をまとめる
8.工業所有権審議会(注1)の意見が提出されたときは、経済産業大臣又は特許庁長官は、その意見を尊重してすみやかに裁定をすると共に、裁定の謄本を当事者等に送達
9.所要の登録手続及び公報掲載
※注1:工業所有権審議会は、発明実施部会であるようにも思います・・・?

本件の状況のおさらい

さて、続いて本件のおさらいですが、RPE作成法の特許ということですので、特許第6518878号とその関連特許であると思われます。そして、特許第6518878号の審査経過は、以下の通りです。
2013/10/09:基礎出願(特願2013-212345)を出願
2014/10/09:優先権主張を伴うPCT出願(PCT/JP2014/077111)を出願
2016/04/05:国内移行
2017/09/20:審査請求
2018/09/18:拒絶理由通知
2019/02/05:特許査定
2019/05/10:登録

ということで、2021年9月23日現在で、出願からは8年近く経過していますが、登録からは2年半程度しか経過していません
この状況で、2021年9月21日に「8年近く治験が行われない」等を理由に裁定が請求された模様です。

次に、裁定を請求した元研究者の方は、現在は会社の代表を務められているようです(「特許法93条 公共の利益のための通常実施権の設定の裁定(公益裁定)」)。
そして、請求者の方が、「特許を治験のできていないヘリオスだけでなく我々にも使わせてくださいという申請です」(注2)とツイートしているので、請求者は特許権者ではない第三者であり、自己実施する権利もないものと思われます。
※注2.ツイート消されました・・・

裁定通常実施権が認められる可能性

裁定通常実施権は、特許権者等の同意を得ることなく又はその意に反して設定される強制的な実施権ですので、その設定はごく限られた場合に限定されます。
そこで、本件において公共の利益のための裁定通常実施権が設定されるか否かを検討しますが、かなり可能性は低いものと思われます。
その理由は、「公共の利益のため特に必要である」という要件を満たすことが難しいと思われるためです。

日本では認められた事例がないので、本要件についてドイツのPolyferon事件を参照して検討すると、「公共の利益のため特に必要である」とされるには、
公共の利益(注3)の観点から必要であること
公共の利益と利益衡量して、合理性の原則に基づいて特許権の制限が許容されること
他の手段により公共の利益が満たされないこと
を要するのではないかと思われます。
(「ドイツにおける強制実施権制度の概要」を参照)
※注3:公共の利益の定義は諸説ありますが、個人的には「社会を構成する人全体に対する利益」と解釈しています。

これを踏まえて検討するに、本件については、治験が行われていないことから、実施権を設定しても直ちに治療には利用されません。
また、相手方は2019年度中の治験開始を目指している(理研退職の高橋政代氏、スタートアップで新治療に挑む※日経電子版)という情報もあり、他の手段もあると思われます。
したがって、「公共の利益のため特に必要である」という要件を満たさないと考えます。
したがって、公共の利益のための裁定通常実施権が設定されることはないと思われます。

他の取り得る手段

事情が不明ですので、他の取り得る手段があるのかは正確には分かりませんし、取り得る手段がないために裁定の請求に踏み込んだものと思われますが、他の手段について検討してみます。
この点、例えば、医薬品の治験は、試験又は研究のためにする特許発明の実施(特69条1項)に該当し、特許権の効力が及ばないとする判決があります(令和2年(ネ)第10051号)。

本判決の射程が、本件特許発明のような細胞の製造方法にまで及ぶかは不明ですが、医薬品と同視すれば、特許権の存続期間を延長するのと同様の結果をもたらすことになるので、試験又は研究のためにする特許発明の実施と考えることができそうです。
ですので、公共の利益のために早急な治験が必要なのであれば、試験又は研究のためにする特許発明の実施として治験をすることが考えられます。

ただし、治験はできても、特許権の存続期間中、第三者は実施できません
ですので、請求者の本音は、治験をしてないということを理由に、単に通常実施権を得たいというところにあると思います。

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